催眠商法1年目の3話目
世間で催眠商法と呼ばれている会社に入ってしまった。
2か月ごとに各地を転々としながら、宣伝をしていく渡り鳥のような会社。
入社して、2場所目の会場。
オープンして最初の高額商品がほとんど売れなかった。
最初300人以上集まっていたお客さんも、売れない会場ならではの社員のきつい責めに通うのをやめ、残った客は100人ほど。
その100人ほど残ったお客さんのうち、買っていない人の方が多い地獄絵図。
買わなくても楽しく来れる会場と、完全になめられた。
そんな中、店長は、「オープンして最初の大売り出しが失敗したのは全て俺の責任です」と言った。
前回の記事で話した、私が元やくざを怒らせたことには触れなかった。
社長が来る。そこで再起を図るということになった。
私たちは一旦、商品を勧めるのを止め、お客さんの数をこれ以上減らさないようにお土産もいいものにした。
※お土産とは無料、もしくは100円で配る客寄せの品のこと。
しかし、この最悪な状況を社長はどうするのだろう?
社長がやってきた。
社長は朝、みんなを集めてこう言った。
「オープンしてこういう結果になった一番の原因は店長にある」と。
横で店長は完全に青ざめていた。
「しかし、それでも100人ほどのお客さんが来てくださっている。
買ったとか、買わなかったとか、そんな気持ちでなく、来ていただいたすべてのお客様に感謝の気持ちで接客しろ」
若い社員たちは大きな声で「ハイ」と返事をした。
開店と同時に買っていないお客さんがわんさか入ってきた。
私たちは、必死で「今日、うちの社長がご挨拶にきますよ~~」と
笑顔を振りまき、場を盛り上げた。
そして、宣伝時間が始まり、店長が前ふりで、話を盛り上げた後、「さぁ、いよいよ社長が登場します。皆様、拍手でお迎えください」と言った。
パチパチパチ・・・・拍手とともに社長が真ん中に立った。
何を話するんだろう?
しかし、社長はいきなり、ぼそぼそと小さな声で話をしだした。
マジか?
先輩が「社長は神だ」と言っていたけど、こんな迫力のないぼそぼそ話す人のどこが神だ?
これなら店長の方が若くて声も大きくて聞き取りやすいと思った。
横にいる私たちは聞こえるけれど、こんなぼそぼそした声ではお年寄りは聞こえないだろ?と思った。
そして・・・
「おい、聞こえないぞ」と後ろのお客さんが言った。
最悪じゃないか?
しかし、不思議と少しずつ聞きとれるようになっていった。
横で聞いていても、いつから聞こえるようになったのかよく分からないが、とりあえずはっきりと聞こえるようになった。
というよりもすごく聞き取りやすい。
でも、なんだか店長の時とは違い、盛り上がりに欠けるかな?
と思ったが、どんどん自然な盛り上がりが生まれてきた。
自然な笑い声がお客さんから聞こえるようになってきた。
あきらかに店長の時とは違う。
店長も話が上手いのだが、若さと勢いでその場を支配するような話し方だが、社長のそれはなんだかその場を包み込むような温かさがあった。
不思議と静まり返っているようで、お客さんの目は社長にくぎ付けになっていた。
そんな社長の話が30分ほど過ぎたころだろうか?
社長の話は来ていただいたお客さんへの感謝の気持ちを述べるような感じで進み、その流れで私たちにこう言った。
「今日は私は一人で営業をしたい。だから、お前らは全員帰れ」と。
いきなり帰れと言われて、とまどう私たち。
「あのう、全員って私もですか?」と店長が聞いた。
「全員って言っただろ、今すぐ帰れ」
お客さんはし~~~んとして、その様子を見ている。
いったい何が始まっているんだろうという目で見ている。
そして社長から「いいか、戻ってくるんじゃないぞ」と言われ、
なんだかよく分からないまま、私たちは裏場に下げられた。
「どうする?」
「社長がああ言ってるんだから仕方がないだろ」
ということで仕方なく私たちは営業所を出た。
その後、みんなで喫茶店に集まった。
「俺たちはクビかな?」
「いや、何かの演出だろ?」
とみんなもよく分かっていない。
まぁとりあえず帰ろうということになり、その日は家に帰った。
後で聞いた話だが、店長と部長だけは、私たちに内緒で店に戻り、社長のサポートをしたそうだ。
全ては仕組まれていたようだ。
私たちにすら、仕組みを内緒にしていたのである。
そして、私たちは不安な気持ちのまま次の日の朝、出勤してきた。
社長は、普通にそこにいて、昨日のことは何だったかも何も言わなかった。
そして、宣伝会が始まり、社長はお客様の前で話を進めた。
その話の内容は
私たちを帰らせたのは宣伝が上手く行っていないからということ。そして、社長は本当にこの地域のお客様に、商品のすばらしさを知ってもらいたいというプライドを持ってやっている。それが部下たちに感じられないから帰らせたということだ。
その話の持って行き方が神がかっていた。
お客さんの私たちを見る目が明らかに変わっていた。
この場所に私たちが何をしに来ているかと言うと宣伝をしに来ているのだ。
その本気度が足りないということでお客さんの目の前で帰らされた私たち。
そんな私たちに同情のような、応援してあげたいような、そんな視線を感じた。
そして、お客さんの話の食いつきは完全に変わっていた。
店長の時とは明らかに違う。
商品の説明をしていても、とんでもなく説得力があった。
あっ、これは売れる。
私は思った。
そして、結果は・・・・
オープン時よりは若干売れた。
劇的に売れるとまではいかなかったが、オープンの時の最悪な数字ではなかった。
そして私の方はというと・・・
またしても私にだけ注文はこなかった。
先輩社員はそこそこ取っていた。
みんなはこれを社長がメスを入れたと表現していた。
あのままオープン時に作り上げた店長のムードのまま宣伝しても
結果は目に見えていただろう。
しかし、「お前ら全員帰れ」と社員を帰らせることで
その場がきりっと引き締まったようになった、
私たちも本気で困惑し、そのまじな表情にお客さんも「いったい何が始まっているんだろう」と気持ちが引き寄せられる。
よく分からないけれど、会場の空気と言うか雰囲気ががらりと変わったのだ。
よくもまぁそんなことが思いつくものだと今でも関心していた。
入社して、3場所目
次の場所は負けられない。店長も先輩もみんな気合が入っていた。
私もまったく自力で注文が取れていないので、いい加減にやらねばと気持ちが焦っていた。
絶対に売る。
気合を入れろ。
会場のムードをみんなで盛り上げる。
真ん中で商品の説明をするのは店長だ。
「健康食品の常識はもう変わった」
「一生に一度の体質改善」
口角泡を飛ばし、激しく宣伝する。
私たちも店長の話の合間合間に
「おお~~~」
「すご~~い」
と合の手を入れる。
お客さんにも、「ビックリしたら『え~~』とか『へぇ~~』とか言ってくださいよ」と要求する。
では、練習、「へぇ~~~」
そうして、話がどんどん進み、いよいよ最後の値段を大発表
私たちの顔はニコニコしているが、心臓の鼓動は10倍の速さになる。
本来60万円するところが、50万円をきって
40万円もきって・・・おお~~~すご~~い。
今回だけ特別30万円です。ワ~~~オ。
パチパチパチ←無理やり拍手させる。
さぁ、今からお土産を配りながら、ご注文をお聞きしま~~す。
激しいロックのリズムとともに、「どうですか?」と聞いていく。
一番前で盛り上がっていたばあさまに声をかけた。
「ご注文お聞きしますね」
「・・・・」
無視された。
その後も無視、無視、無視、返ってくる言葉は「考えときます」だ。
焦った。どうなっている?
ふと前方を見た。
先輩たちが、私の前の列に割り込み、買う気満々のお客さんにだけ声をかけていた。
えっ、マジか?
ピンポイントで完全に狙いを定めて買うお客さんだけ取っていかれた。
やられた。
簡単に買う客は全てもっていかれた
残されたのは時間をかけて説得の必要のあるお客さんだけだ。
あちこちで、先輩たちが
「ご予約で~~す」「いやっほ~~」「ばんざ~~い」と叫ぶ。
あかん・・・もう死にたい。
私は一つも注文が取れない。
もうそろそろ時間切れだ。
その時、一番前に座っているお客さんが手招きした。
先輩もそれに気づいて「は~~い」と言ってきたが
私の方が距離は近かったので、ダッシュで聞きに行った。
「一つ注文しとくね」
お客さんの顔が眩しかった。
70過ぎの女神に見えた。
営業が終わり、結果発表だ。
「15本取れました」
「12本です」
先輩の報告の後、私は
「1本です」
誰からも何も言われなかった。
怒られもしないし、褒められもしなかった。
この時、私の中で何かが生まれた。
闘争心だ。
簡単に買うお客さんは一握りだ。その一握りにみんなが群がる。
遠慮がちのお人よしは生きていけない。
羊はオオカミに喰われる。
オオカミにならねば。
そう燃え上がった。
でも、先輩方がどうして30万も40万もする健康食品を説得して注文が取れるのか?
分からなかった。
3場所目では、自分から「欲しいです」と言ってくれた数名のお客さん以外からは、まったく注文が取れなかった。
それに対して、先輩は手慣れた説得でバンバン注文を取ってくる。
店長から
「本当にお客さんの気持ちになって、お客さんのためにという一心で勧めていたら結果はついてくるよ」
と言われた。さらに・・・
「本当は小手先のテクニックがあるけれど、先にそれを教えると熊さんの成長が止まるから、まずは本当の力を付けてほしいと思っているよ」とも言われた。
って言うよりもなんだその小手先のテクニックと言うのは?
前から気になっていることがあった。
先輩たちは、勧める時、お客さんの耳元で周囲に聞こえないように小声でなにかをささやいている。
私は最初こう思った。
この商法は、会場全体の売れているムードを演出することが大事である。
なので、先輩は押し売りしている匂いをけすために、強く勧める時は、その強引さを他のお客さんに悟られないようにしているのだと。
しかし、それにしても何かが変だと思った。
私が近づくと、その悪魔のささやきをしている先輩社員はバツの悪そうな顔をする。
なにか特別なことを言っているようだ。
なにか裏でこそこそとしているようだ。
その正体が分かった。
先輩たちは、裏でこっそり高額商品を自分に注文してくれたお客さんに
「絶対に内緒だよ」
「ほかのお客さんに言ったらだめだよ」
と客寄せのお土産を余分に渡していたのだ。
私に見られたことを知った先輩は、「昨日どうしても来れないって言われてね・・・」と言い訳していたが、どう考えても、自分から渡していると思った。
「僕に注文してくれたら〇〇をあげるよ」というワイロのようなものだ。
特によく買ってくれる太客には裏でがちがちにワイロでからめとられていた。
どうりで、太客のほとんどは最初に注文した社員にずっと注文をするわけだ。
これが店長の言っていた小手先のテクニックで新人に最初からそれを教えるとそればかりに頼って本当に熱を込めて説得をする技術を磨かなるということだ。
ちなみにこういう小手先のテクニックは他にもいろいろあり、教わるというよりも自然に身に着くといった感じだ。
店長は私に小手先のテクニックではなく、本当にお客さんのためを思う熱意と言う正攻法を身に付けてほしいようだが、そんなことを言っている場合ではないと思った。
先輩はみんな、どんな手を使ってでも取るという営業スタイルだ。
店長の言っていることは正しい。
しかし、今を何とかせねばならない。
そう思った3場所目。
これじゃあ、かませ犬だ。
入社して3場所目。私はお客さんから「欲しい」と言ってきた注文以外では注文を全く取れなかった。
勧め方。説得の仕方が甘かったのだ。
対して、私以外の社員はガンガン責めていた。
今思えば私の甘さや、優しさは一種のお客さんにとっての逃げ道になっていただろう。
入社して半年経っても、自力でお客さんを説得できない。
あの会社で私が知る限り、後にも先にもそこまで出来の悪い奴はいなかったと思う。
それでもクビにならなかったのは
なぜか社長が店長に「あいつは化けるから長い目で見ろ」と言っていたこともあるが、それだけではないと思う。
一人ぐらいあんな奴がいてもいいだろうと飼われていたのだ。
みんながみんな押しが強いとお客さんに逃げ道がない。
ところが私のように、勧めるのは下手でも、普段から来ていただいたお客さんに世間話をしている社員がいたほうが砂漠の中のオアシスになる。
しかし、それではだめだと思った。
これではまるで、かませ犬だ。
かませ犬とは闘犬用語だ。
若い闘犬に自信を付けさせるため、わざと噛まれる犬がいる。
口を縛られ、自分は噛むことが出来ず、練習用で噛まれ続ける。
残酷な話だ。
このままではだめだ。
俺は噛ませ犬じゃない。
そう思い4場所目に突入する。
1場所が2か月から3か月なので、入社してすでに8か月が過ぎようとしていたころだ。
この後、僕は社長の予告通り化けていく。
11月2日発売予定です。全国の書店様にてご予約ご購入ができます。
身近な人を守るために知っておきたい催眠商法の現場を元社員が詳細に明かします。