ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

物が売れにくい世界の大変さと物が飛ぶように売れていく世界の大変さは別物である

最近、私が勤める食品スーパーの近隣で、ライバル店の出店が多くなってきた。お客さんの奪い合いのようになっていた。

他店よりも1円でもと安売り競争になっていた。しかし安売り競争は体力勝負だ。そこで働く私たちも少ない人員で頑張らないといけない状態になりつつあった。

このままではいけない。これからは安さ意外の価値を創造していかなければ生き残れない。そのためにはどうすればいいのか?その中の一つが他社のスーパーを見学することだった。他社のいいところをどんどん取り入れ、価格以外の価値を生み出そうとしていた。  

そんな他社のスーパーの見学をしに行った時の事。入り口のそばで野菜の段ボールがいっぱい置かれているのを見た。段ボールに値札が貼ってあった。

それを見ていると、青果担当の男性が近づいてきて「オイ、そこは見るな」と言ってきた。「え?置いてるから見たんだけど」と言うと「それは仕入れた値段だ。店に置いてある野菜の値段と違う」と言ってきた。

見られてはまずいものを誰でも見る事が出来る場所に置いている方が悪いと思った。腹が立って言い返してやろうと思ったがやめた。

周りのお客さんがじろじろと私たちのやり取りを見ていたからだ。もしかしたら私が他のスーパーの店員であることを知っている人がいるかもしれない。ここで口論したら、変な噂が立つかもしれない。

だからぐっと我慢してその男性から離れた。そこの店長にクレームをつけることも考えたがそれもやめた。 

次の日、私が勤める店の青果担当にこの出来事を話した。彼は「その人を知ってます」と言った。彼の話によるとその男性は仕入れ先の市場で嫌われているそうだ。

上から物を言うようで相手にされていないそうだ。以前にストライキで市場にバナナが入荷してこない時があった。その時は各スーパーに少ない数が割り振られた。しかしその男性には割り振られなかったそうだ。

さらに聞くところによると、その男性は自称元トップセールスマンらしい。私は思った。営業をしていたのなら人との接し方を知っているはずだ。

なのになぜあんな横柄な態度を取るんだ?男性は市場では「壊れたおじさん」とあだ名されていた。営業をしていた人が小売に転職するケースは多い。

その理由の一つに物が売りにくい世界よりも物が飛ぶように売れる世界がいいように見えるからだ。私にはこのことが良く理解できる。

私も昔、営業をしていたからだ。契約が1件も取れなくて会社に戻ったら「よく契約も取れずに会社に戻って来れたな?」と上司に責められたことがある。

営業は厳しい。そう思うと、物が勝手に売れていく小売業が楽そうに思えた。しかし小売業に転職したら、物が飛ぶように売れていく世界がどれだけ大変かを思い知らされた。

その時に営業時代を思い出した。頑張って1件契約が取れた時のあの気持ち。あれほど辛いと思っていた営業が懐かしく思えた。自分勝手な考えだと思った。

他人の仕事は楽に見える。しかしどんな仕事にも大変な面がある。物が売れにくい世界のストレスと物が飛ぶように売れていく世界のストレスは別物だ。

転職した時に期待が大きすぎると「こんなはずではなかったのに」と大きな後悔が生まれる。どんな仕事にも大変さがある。自分で選んだ世界だ。どこかで納得しないと心が壊れてしまうと思った。