ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

単純な速さは年を重ねたら若い人に追い抜かされやすい

工事現場で職人をしていた時の事。信じられない速さで仕事をする先輩と仲良くなった。先輩は負けず嫌いで周りの職人とよく速さを競っていた。私もハンデをもらい勝負をしたが、プレッシャーで手が震えて一度も勝てなかった。あまりにも差をつけられて悲しかった。しかし、この先輩と一緒に仕事をするのは自分にとって嬉しいことだった。なぜなら私にとって一番の目標だったからだ。 

私が職人になった理由は手に職をつけて独立をしたかったからだ。独立したら大きく儲けたい。そのためには、やはり仕事の速さが大事だと思った。速くどんどん仕事をすればするほどお金が入ってくる。だから私はこの先輩の様な速さに憧れた。しかし先輩は、ある日から姿を消した。違う会社に行ったそうだ。今の会社では思うように仕事が回ってこなかったのが理由らしい。とても寂しく感じたが仕方がないと思った。

しかしその1年後、先輩を違う現場で見たと同僚が言ってきた。同僚はその場でお互いの電話番号を教えあったそうだ。その頃の私は壁にぶつかっていた。思うように腕が上達しないイライラがあった。私は「先輩の番号を教えてくれ」と同僚に頼んだ。「なぜ?」と聞かれ「その人に弟子入りをしたい」と言った。しかし同僚は反対した。

「お前が彼についていきたくなった気持ちはとても分かる。俺が今まで見てきた職人の中では彼が一番手が速い男だと思う。しかしあと10年後、20年後も一番速い職人としてみんなから尊敬されているとは俺は思えない。単純に速いだけの職人は後から後から出てくるからだ。確かにお前が彼に弟子入りしたら、仕事の速さは身につくと思う。しかし速いだけのいい加減な仕事しか覚えられないと思う。そうなれば、いざ丁寧で綺麗な仕事をしなければいけない状況になった時、きっと困ると思う。彼の場合、最初は丁寧な仕事からスタートしているから、いざ綺麗な仕事をしろと言われても出来ると思う。しかし今の速さに取りつかれた彼に教えてもらったやつにはそれは出来ないだろう。

そして速さだけの職人になったら最初は儲かるかもしれないけれど、いずれは簡単な仕事しか来なくなると思う。そして簡単な仕事は多くの職人が出来ることだ。多くの職人が出来るということは代わりの人はいくらでもいると言うことだ。そこで差をつけるのは難しい。だから職人としての将来性を考えると「この人でなければ」というレベル。代わりの人が少ないレベルの職人になった方がいいと俺は思う。うちの会社の年を重ねた年配の職人で、この人は凄いと言われている人は速さだけの職人ではないはずだ。熟練の腕が必要な難しいことが出来る職人が凄い人と言われている。単純なスピードは年を重ねたら若いやつに追い抜かされやすい。しかし熟練の難しい技術はそう簡単に若いやつには追い抜かされにくい」

同僚は私の将来のことまで考えて話をしてくれた。その言葉にとても考えさせられた。仕事は速い方がいいのか?丁寧な方がいいのか?良く議論されることだけど、それは今が良ければいいのか?それとも先のことも考えた方がいいのかによって答えが変わってくることを知った。結局私は先輩に電話をしなかった。