ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

個人成績にしがみつく先輩は後輩からの尊敬を失う

健康食品の販売の会社に勤めていた時の事。そこでは、会員様を会場に集めて、商品を販売する営業スタイルをとっていた。勤めだして3年ほど経ったころ、営業成績が上位になった。
そんな私に後輩の一人が、「どうしたらそんなに注文がとれるのですか?」と聞いてきた。私はノウハウを小出しにして教えた。全部を一気に教えるよりも、少しずつ教えた方が、長い期間、彼から尊敬してもらえると思ったからだ。さらに、後輩といえども、営業の世界ではライバルだ。自分の持っているノウハウを全て教えてしまったら、私は彼に追い越されてしまうかもしれないという気持ちもあった。
彼はノウハウを教える私を尊敬してくれた。少しずつとはいえ、教えるからには、「へぇ~、そんな手があったんですか?」と彼に感心してもらえるようなことを教えた。彼が私にアドバイスを求めるのは私の方が注文を取るからだ。だから成績こそが自分を認めさせる絶対の条件であると思った。
なりふり構わず、よく買うお客さんだけにターゲットをしぼった。あまり買わないお客さんには出来るだけ近づかないようにした。負けたくないという気持ちが強くなり、よく買うお客さんを自分だけのターゲットにしたくなった。自分に注文してもらえるようにしむけることもした。そして自分がアプローチしているお客さんを取られたら悔しがった。
ある日、彼がずっとアプローチしていたお客さんが来店してきた。買うか買わないか悩んでいたお客さんだった。あと一歩のところまで彼が話をしていたのは知っていた。しかし、私はこのお客さんに最後の後押しをした。お客さんは「いつも話しかけてくれる彼(後輩)に注文したい」と言った
しかし、私は、彼がどんどん私の成績に近づいていることに恐怖を感じていたために、「いやいや、誰に言っても同じですよ」と半ば強引に注文をとった。そして何食わぬ顔で自分の成績にした。営業の世界では取った取られたは日常茶飯事だからだ。

と言うよりも私も他の社員にハイエナ営業をたびたびされていていつも泣かされていた。取ったもの勝ちの伝統のある会社だった。
彼はこのことを後で知った。とても悔しがり、私に気持ちをぶつけてきた。「あのお客さんは私があと一歩のところまで話しをしてたんですよ。あのお客さんに『あんたに注文しなくてごめんね』と言われ悲しい気持ちになりました」私は、取った取られたで文句を言うのは恥ずかしいことだと切り捨てた。
しかし、彼は納得しなかった。「自分がやられて悔しい事を後輩にするのですか?」と以前、彼に自分が目をつけていたお客さんを取られて、「私が狙っていたお客さんなのに」と少し嫌みを言ったことがある私の矛盾点を指摘してきた。
それからというものの、彼は私にアドバイスを求めることをしなくなった。私への尊敬はライバル心に変わっているように思えた。そして彼はどんどん成績を上げていき、ついに私に追いついた。私には成績だけが自尊心を保てる唯一の手段だった。彼に追いつかれて、恐怖心を感じた私は会社を去っていった。