ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

最も多くを知る人は最も的確なアドバイスが出来る

賃貸の不動産の営業の会社に勤めだしたときの事。毎日毎日、空き物件を確認するように指示された。実際に見に行くことで、どんな物件かを肌で感じることが出来るからだ。そんな会社で、とても営業成績の良い先輩と同じ営業所になった。先輩はとても話の持って行き方が上手かった。
お客さんは安くて、駅が近くて、広くて、綺麗で、新しくて、と理想を胸に来店されるのだが、ほとんどの場合、現実よりも理想の方が高かった。そのため、多くの営業マンは、数多くの物件を見せて、まずは現実を知ってもらい、その中で出来るだけの妥協点を探りながら、営業をしていかなければいけなかった。
数多くを見せることでお客さんは多くの中から選ぶことが出来るのだが、とても時間がかかる営業スタイルだった。しかし先輩の営業スタイルは違った。他の営業マンよりも、お客さんに見せる物件の数はとても少なかった。先輩は最初からお客さんの要望を見抜き、これだという物件を押していた。さらにその理由を説明するのが上手かった。先輩はこれを、はめ込み営業と言っていた。お客さんに多くの物件の中から選んでもらう営業スタイルか?先輩のように、これだという物件だけを押すスタイルか?どっちの営業スタイルが私にはいいのかを考えた。
その結果、はめ込み営業をする先輩をお手本にしようと思った。理由は契約までの流れが早いからだ。それからというもの、先輩のトークを盗み聞きして、話の持って行き方を真似た。しかし、なかなか思うように注文は取れなかった。そんな私を先輩は心配してくれた。
「最近、物件の確認に行ってないんじゃないか?」私は「全部を見るのは不可能だし。時間がいくらあっても足りません」「それなら自分が知っている範囲内でお客さんを納得させるように営業力を高める方がいいと思いますけど」と反論した。
そんな私に先輩は「不動産の営業の世界で一番注文を取る人間ってどういう人間か知ってるか?」その質問に「先輩のように話の持って行き方が上手い人ですよね?」と答えた。先輩は「それは違う。最も注文を取れる人は最も物件を良く知る人だ」私はこの言葉を聞いて疑問に思った。なぜなら先輩はあまり物件の確認をしないからだった。そんな私の疑問に答えてくれた。
「実は俺がしている営業スタイルは新人にはあまりお勧めできない。俺が出来ているのは今までの知識の積み重ねがあるからだ。新人はまずは多くを知ることが大事なんだ。それをせずに少ない知識で注文が取れるようになると、学びたいと言う気持ちがなくなる。はめ込み営業は、はめ込む物件があって初めて成り立つ。それがないと成り立たない。さらに本当はもっと、いい物件があるはずなのに探さないというのは不親切なんだ。最も的確なアドバイスというものは、最も多くを知る人にしかできない」
先輩の言葉で目が覚めた。私は、簡単に口先だけで注文をとるにはどうしたらいいか?そんなことばかりを考えていた。そして本当にお客さんが求めているものを考えていなかった。