ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

「どうせ駄目」と現状を嘆く人が現状を変えることはありえない

健康食品の営業をしていた。会場にお客さんを集めて、インストラクターが前で商品の宣伝をして、アシスタントが注文を取っていくという営業スタイルだった。景気が良かった頃は高額の健康食品や健康器具がばんばん売れた。しかし世間の景気が悪くなるにつれて年々売上が減少していった。そんな現状をみんなで嘆いた。
「もうこの業界は終わりだな」「これだけ景気が悪くなったら財布の紐も固くなるよな」「あと十年後には業界そのものが無くなってるかもしれないよな」
頭の中を不景気だという考えが支配するようになった。「どうせ売れないだろう」という考えが幅をきかせるようになった。そのうち営業所の売上は危機的な状況になっていった。
そんな中、社長がインストラクターとして営業所にやってきた。社長はとても話が上手く、天才インストラクターと呼ばれていた。お客さんが集まり、社長が話を始めた。私たちはそばで相槌を打って場を盛り上げる役割。話が始まって間もなく、耳を疑うようなことを社長が言った。
「お前ら全員帰れ」この言葉に「え?」と戸惑う私たちに「聞こえなかったのか?」と社長。お客さんも何がどうしたのかと静まりかえった。店長が恐る恐る「私もですか?」と聞くと「当然だ。全員と言っただろ」と返ってきた。「絶対に戻ってくるなよ」と社長に言われ、しぶしぶ、みんなで営業所を出た。会場には百人近いお客さんがいてた。社長一人では無理だろうと不安に思った。
その後、みんなで喫茶店に集合し「あれはどういうことだろう?」
「売上が減少していて怒ってるのか?」
「でもあれだけの人数のお客さんを社長一人で相手できないだろ?」
「でも社長が帰れと言ってるから仕方がないな」
その様な話をしてから帰った。次の日、私たちは普通に出勤した。社長も普通に出勤していた。いつも通りお客さんが集まり、話が始まった。社長は昨日のことについて話し出した。
「昨日はお騒がせして申し訳ございません。私は信念をもって仕事をしています。商品に絶対の自信があり、手に入れた方が喜んでくれる姿を見るために頑張っています。だから見えるのです。彼らにその意気込みが足りてないことを。それに我慢出来ない私は昨日、彼らを帰らせたのです」それから商品の説明に入った。
その後、驚いたことに注文が殺到した。お客さんに社長の自分一人でもやってやるという気迫が伝わり、感動を与えたようだった。その後、営業所の売上は上がっていった。この出来事は現状を嘆く私たちへの社長の荒療治だと思った。百人近いお客さんを前に、私たちを帰らせて一人で営業をした社長。「何かあったらどうするんだ?」そんなリスクを取ってまでも私たちの心に火を付けてくれたのだ。
その後、いろいろあり会社を辞めた私。あれから何年も経った今、相変わらず私は現状を嘆くのが好きだ。そして嘆く仲間を作りたがる。まるで羊の群れのように集まり現状を嘆くことが多々ある。羊の群れの中での温かさは心地がいいもんだ。
しかし、あの時の社長の行動は忘れられない。社長の、たとえ一人になってでもやってやるという恐ろしいまでの気迫に私はしびれた。男がしびれる男。そんな男にはそうそう出会えるものではない。私もいつかはそうなりたいと思っている。