ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

社長が望んでいなくても、過度な頑張りを従業員が誇りに思うと会社はブラックになる

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1日に6ℓの水分補給をする仕事

数多くの転職を経験した私。その中で、もう2度としたくないと思う仕事が引越し業者。誤解のないように話すると、人に感謝されるいい仕事です。

問題は私の体力には合わなかったということです。私は27歳の時に関西で、有名なある引越し業者に入社しました。

それまで体力には自信があったのですが、想像以上に体力のいる仕事で初日から、くじけそうになりました。

実際に初日で辞めるアルバイトを、沢山見てきました。

毎日のように誰かが面接に来て、誰かが辞めていくほどの人の入れ替わりの多さを感じる会社でした。求人雑誌にも毎回のように求人を出していました。

私は、2月に入社して8月に辞めたのですが、4月の引越しシーズンは目が回るような忙しさ。平均2件の引越しをするのですが、その2件目が終わってホッとしてたら、「○○さんの現場を手伝いに行って下さい」と連絡が入り、3件目に突入。「嘘だろ?」と思うほどの忙しさが4月です。

そして夏場は水を飲んでも飲んでも足りなくなるほどの暑さ。1日に6ℓの水を飲んだことがあります。そんなに飲めるわけないだろ?って言う声が聞こえてきそうですが、飲めます。そして痩せられます。

1日に平均2件の引越し。すると積み込みする時に1.5ℓのペットボトルが空になり、荷降ろしに1.5ℓのペットボトルが空になり、それを2回繰り返すと6ℓです。本当に飲めるのです。そして痩せられます。半年で10㎏のダイエットに成功しましたから。

「俺たちは少数精鋭部隊だから」と言われる職場

自分達は他社よりもハードな会社で働いていると従業員は誇りに思っているようでした。

真面目でやる気のある人が多い会社でした。採用された10人の中、1カ月もつのは1人。さらにそのうちの10人の中、1年もつのは1人だと、従業員の間では噂されていました。

本当のところ、どうなのかは分かりませんが、それぐらい人の入れ替わりが激しい職場でした。3年続いている人は、ベテラン扱い。生き残った人はとても真面目でやる気のある人ばかりでした。

みんなプライドをもって仕事をしていました。他社の引越し業者よりも自分達の会社の方が大変な労働をしているだろうと多くの社員が思っていました。

実際のところは、会社を辞める時は引越しの仕事そのものが辛いと感じる時であり、他社の引越し業者に転職するという事はほとんどないために、比較は出来ないのですが(汗)

現場をピリピリとした雰囲気にするAさん

体育会系な体質で、とにかく「走れ、走れ」と先輩から言われます。実際にみんな、走っていました。歩いていたら怒られます。気合いの入っているような人が多く、その中でも私よりも3カ月ほど早く入社したAさんはとてもガッツのある人でした。

とにかく走りのペースが速いのです。重たい段ボールも出来るだけ2段重ね、3段重ねにして必死の形相で頑張っていた人でした。とにかく早く仕事を終わらすことに、こだわりを持っているようで、アルバイトや後輩社員にも、それを求めていました。

私も、何度も同じ現場になったことがあります。とにかくゆっくり動いていたら怒られるので、Aさんと一緒に仕事をする時はアルバイトもみんな、ピリピリとした感じで、Aさんの早い仕事のペースに身も心も疲れるといった状態になりました。

エレベーターで運ぶ引越し作業はサボりやすい?

私はAさんに「もっと急げ」と、いつも怒られていました。1番印象に残ってる怒られた出来事があります。4トンのトラックでAさんと私、そしてアルバイト2人の4人でマンションのエレベーターで10階の部屋に荷降ろししていた時のことです。

私と一人のアルバイトはトラックの荷台から荷物をエレベーターまで持って行く役割で、Aさんともう一人のアルバイトは上に上がった荷物を部屋に入れる役割りでした。

階段で運ぶ現場と違い、エレベーターで運ぶ現場はちょうどエレベーターが目隠しのようになって、Aさんの目を盗んでゆっくり出来ます。

私ともう一人のアルバイトはそれをいいことに走らずに歩いて荷物を運びました。どうせAさんは見ていないだろうと。しかし、Aさんはその様子をマンションの10階からガラス越しに確認したのでした。Aさんは1階に下りてきて私を叱りました、

さんは、私たちよりも辛い体にムチを打ち頑張っている人でした。

「なんで歩いてるんだよ」「俺が走ってるのになんで二人で歩きやがって」そう言いながらAさんは「ゴホゴホっ」と咳きこみ「自分だけがしんどいんじゃないんだ。みんな疲れてる中、頑張ってるんだ。言っておくけど、お前よりも俺の方が辛いんだよ。俺はぜんそく持ちで息が切れて、呼吸が苦しいんだよ。それでも気合いでやってるんだよ」と言いました。

このことがきっかけでAさんが、ぜんそくで苦しんでいる中、頑張っていることを知りました。確かに、良く咳きこむ人だなと思っていたのですが、あまりにも気合いの入った仕事ぶりばかりに目がいって、ぜんそくだとは思いませんでした。

しかしAさんに言われた「俺の方が、もっとしんどいんだよ」という言葉は私のやる気にスイッチを入れてくれました。この人はこんなに体を酷使して、自分を追い込んで頑張ってるんだ。それなら俺もという考えになりました。

「昼ごはん食べれないから辞めます」と電話してきたアルバイト

ある日、現場から会社に帰ってきた時の事。先に帰っていたAさんが営業所の所長に怒られていました。原因は前日、Aさんと一緒に仕事をしていたアルバイトが辞めると会社に電話をしてきたこと。そのきっかけはAさんがアルバイトに昼ごはんの休憩を与えなかったことでした。

Aさんは、2件目の引越しの予定に間に合わないから仕方がなくそうしたようです。しかし、所長は「お前はそれでいいかもしれないけど、お前についている奴は違うだろ?万が一、昼ごはんを食べさせなくて、アルバイトが倒れたらどう責任取るんだよ。お前がお昼ご飯を食べるぞと言わない限り、アルバイトはご飯を食べれないんだよ。ご飯抜きで重労働をしなくちゃいけないだよ」

さらに、所長は他のアルバイトにもAさんがちゃんと昼ごはん休憩を取らせているかどうか聞いたそうです。すると他にも似たようなケースで昼ごはんが食べれなかったというアルバイトがいたそうです。

飯なんて食ってる場合じゃないという考えを人に押し付けてはいけない。

引越しは時間の読みにくい仕事なので、昼ごはんや、ちょっとした休憩は現場の責任者の判断のもとで行われていました。明確な基準がなく、休憩を良く取る責任者もいれば、そうでない人もいる状態でした。

責任者という立場は、現場をきっちり時間通りに終わらせなければいけないという追い込まれた状態です、そんな時は、飯なんて食ってる場合じゃないという考えになりがちです。しかしアルバイトに、そんな責任者の気持ちを押し付けるのは間違っているのです。

所長のAさんへの長い説教の中、印象に残ってる言葉があります。「お前のようにやる気にあふれてるやつが会社をブラックにするんだよ」これには、なるほどと思いました。

従業員が会社をブラックにするとはどういう状況?

確かに、会社が望んでいなくても、上に立つ指導的立場の人が、休憩を取るのももったいないからと勝手に休憩を無しにしたり、肉体的、精神的に追い込むほどの過度な頑張りを要求したりすると、自然に会社の空気がブラックになって行くのは想像が出来ます。

少数精鋭であろうと、本来の人数よりも少ない人員で、仕事をすることに誇りを持ち出し、さらにそれがエスカレートして一人一人の負担になることもあるでしょう。

そして、少ない人員で仕事を終わらせたのを、会社は、従業員が無理をしたと捉えるのではなく、この人員で出来るんだと捉えることも考えられます。

そうなるとますます現場は人員不足になるでしょう。さらに競争心を持つのはいい事ですが、その競争心が、精神的、肉体的にも追い込むほどのことをしなければいけない状況になるのも考えものです。所長の「やる気にあふれた奴が会社をブラックにする」という言葉から、そういったことが想像出来ました。

辞める前にAさんに話をしました。

その後、私は肉体的に付いて行けないことを理由に辞める決意をしました。辞めると言ってから2週間は仕事をしました。それぐらいの期間は会社にいておこうと思ったからです。そして私の引越し業者での最後の日はAさんと一緒でした。

最終日、営業所に戻り、Aさんと二人で、トラックの荷台の資材である毛布をたたんでいる時、相変わらず、必死に早く早くと動いているAさんに話しかけました。「Aさん、ちょっと頑張りすぎじゃないですか?」Aさんは「え?」体育会系な会社で後輩がそんなことを言うことはありえないからです。

私は、どうせ今日で辞めるんだから、言いたいことを言ってやろうという気持ちで言いました。「もうゆっくりで、いいんじゃないですか?今日、僕の仕事、これで終わりですから」そう言うとAさんは急いで動かしていた手を、ゆっくりした動きに変えて、「そうだな」と穏やかな口調で返しました。

最後に見れたAさんのある表情

そしてAさん「熊君、次の仕事なにするの?」私は冗談で「花屋さんの店員にでもなろうかな?」それにAさんは「ははは、熊君、自分の顔見てから言いや~」と返しました。いつも必死の形相のAさんでしたが、この時だけは優しい笑顔でした。