ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

「いい仕事ですね」は褒めたつもりでも嫌味に聞こえる時がある

f:id:robakuma:20170612101316p:plain

親に金銭的負担をさせたくないと新聞奨学生をした時の話

私は、A新聞社の奨学金制度を利用して、新聞社から学費を立て替えてもらい、新聞配達所に住み込みで働き、大阪の専門学校に通っていました。朝刊、夕刊の配達、集金、チラシの折り込み、勧誘の仕事をさせてもらいました。

一番好きだった仕事は配達の仕事です。朝の3時ごろ、住宅街はしーんと静まり返った状態です。私の運転するバイクの音だけが聞こえてくる、なんともすがすがしい気持ちでした。

昨日は2時間かかった。じゃあ今日はもっと早い時間で配達を終わらせよう。そんなゲーム感覚の面白さもありました。

幼いころから無口だった私は、この仕事が好きになりました。配達中、お気に入りのジュースの自販機を決めておいて、いつも同じタイミングでほっと一息を入れます。

自分の世界にどっぷりと入れるような気持ちで、その魅力は40歳を越えた今でも、夢に出てくるほどです。

大嫌いだった新聞拡張の仕事。

配達所には、部数を増やすノルマがありました。そのため、私たち住み込みの奨学生も「新しく契約を取ってこい」と店長に言われ、住宅街を一件一件訪問しました。これが想像以上に大変なのです。

インターホン越しに「A新聞です」と言ったとたんにガチャっと切られて、扉さえ開けてもらえません。本当に冷たく断られます。

話すら聞いてもらえないことがほとんどです。怖いのです。もうどうせ断られるのだからとインターホンを押すのが嫌になりました。

2年間の住み込み生活の中、契約をとったのは、数えるほどしかありません。

今でも覚えてるのは、恐る恐るインターホンを押したら出てこられた年配の女性。「若いのに大変ね、学生さん?」と言われ、自分が新聞奨学生であることを言うと、「じゃあ取ってあげる」と言って契約をしてくれたことです。その気持ちがとても嬉しく思いました。

中にはずるいと思う拡張員もいました。

新聞購読の契約を取るプロである新聞拡張員の案内をするのも私たちの大事な仕事でした。毎日配達をしている私たちはどの家がまだ契約をしていないかを知っています。どの家が以前に他社の新聞に乗り換えられたか知っています。それを教える案内係です。

この拡張員。私が、怖くて仕方がない訪問を、なんの躊躇もなく、どんどんしていきます。それが彼らの仕事なのでプロとして当たり前のことなのですが、素直に凄いと思いました。生活がかかってるから、必死です。だから1日に数件の契約をほぼ確実に取ってくるのです。

しかし、中にはずるいと思う手口を使う拡張員もいました。他社のB新聞を取っている家に「どうも、どうもB新聞です」とずかずかと家に上がり込み「いや~いつもお世話になっております。これはお礼です」と言い、遊園地の券とか洗剤とかを玄関に置き、「ははは、ここにサインして、これもらってくださいね」と相手を混乱させる口調で契約してもらう手口を使う人でした。

しかし、キャンセルも多く、最後は「あの人はもう呼ばない」と店長が言っていました。

拡張員の中には、強引な手口を使う人もいれば、一生懸命説明して気持ちで契約を取ってくる人、様々でした。いろいろなタイプの拡張員を見てきましたが、強引な手口を使う拡張員はキャンセルが多く、店から良い印象を持たれていませんでした。

「お前のその言葉は人の仕事を馬鹿にしてる」

ある日のこと、いつも店に来る拡張員のおじさん(Aさん)が、いつもと違う白いクラウンでやってきました。話を聞くと新車で買ったそうです。私は、Aさんに喜んでもらおうと「へぇーー拡張員って、いい仕事ですね」「儲かるんですね」と言いました。

するとAさん、いきなり「お前馬鹿にしてるのか?俺がこの車を買うのにどれだけ苦労したのか分かってるのか?」と言ってきました。「え?そんなに怒らなくてもいいじゃないですか?」「儲かってるのは褒め言葉でしょ?」と私は疑問をぶつけました。

するとAさんは「お前はまだ子供だし、学生だから、これぐらいで許してやってるけど、お前が社会人だったら、俺は手が出ているだろな」「お前のその言葉は人の仕事を馬鹿にしてるんだよ」

私は誤解を解こうと必死になりました。「馬鹿になんかしてません。近くで仕事をみているから、凄いのも知ってるし、いい仕事だと思ってるのに、なんで怒られないといけないのですか?」Aさんは、あきれたような表情で「そのうち分かる」と吐き捨てました。

「いい仕事」かどうかは本人が決めるもの

後で、考えると私の「儲かってますね」という言葉はその人にとっては不適切だったと思いました。新聞拡張員には、その仕事に誇りをもってやっている人もいれば、そうでない人もいることを知りました。誇りを持ってやってる人は「この仕事は簡単そうに見えるけど営業の基本が全てつまっている」と自慢げに語っていました。

しかし、中には、20代で拡張員になり、彼女の実家に挨拶に行くと、「そんな不安定な仕事をしているやつに娘は渡さない」と言われたり、「俺たちは社会から嫌われてる」と口にする人もいました。

そのような人に「いい仕事ですね」「儲かっていますね」と言うのは馬鹿にしていると捉えられる場合があるのです。

この記事は決して新聞拡張員が誇りを持てない仕事と言っている訳ではありません。

仕事に誇りを持てるかどうかは職種ではなくて、その仕事をする人の判断によるものです。決して、新聞拡張員だけの問題でなく、全ての仕事に対して言えることだと思います。

人は自分にとって理想とする仕事に就けるとは限りません。他人が「いい仕事だな」と思っていても、やっている本人にとっては不本意な仕事であることもあるのです。

やっている本人が「いい仕事」だと思っていなければ、他人から「いい仕事ですね」と言われたら嫌みに聞こえることがあるのです。そこの所が分かっていなかったあの頃の私は、未熟だったと思います。しかし・・・

私の考えが未熟であったとはいえ、あの時、学生である私に怒った拡張員は大人げなかったと思います。悪気がない素直な気持ちを言っただけの学生に対して、大人が感情をぶつけるのは恥ずかしいのではないかと思います。

しかし、感情をぶつけられたことで、「いい仕事ですね」の言葉が、人によっては「馬鹿にされた」と受け止められることもあるということを知ることが出来ました。そういう意味では、いい経験だったと思います。