ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

おとり物件を「もう決まりました」という不動産屋はまだ良心的です

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「どうぞこちらです」の案内だけの仕事は楽勝だと思った私

口下手だけど営業がしたい。20代後半の時、「チラシを見たお客様を案内する簡単な営業です」と書かれた会社の求人を見つけました。

賃貸不動産の営業の会社でした。「こ・・・これなら口下手な私でも出来そうだ」「だって『どうぞこちらです』と案内するだけだもんな」と思いました。

そして、単純な考えの持ち主である私は善は急げとばかりに面接希望の電話を入れました。

パンチパーマの眼光鋭い社長の面接

面接は社長自らして下さいました。50代後半と思われる社長はとにかくガタイが大きく、迫力満点の男性でした。

だた者ではなさそうな社長のオーラに飲みこまれながらも必死で面接の受け答えをする私に、「いつから働ける?」と社長は聞いてきました。

社長のただならぬオーラに若干ひるみつつも、とにかく無職の期間を1日でも短くしたい私は、「ハイ、いつでも大丈夫です。明日からでも働きたいです」と答え、めでたく次の日から勤めることになりました。

「電柱にこれを貼ってこい」

最初に与えられた仕事らしい仕事は電柱にチラシを貼りに行くことでした。都会の人通りが多い地域でこれをするのは勇気がいりました。

「あまり人に見られないように貼れよ」と 先輩から言われました。しかし、電柱には色々な会社の怪しいチラシが貼られていたために、別に悪いことではないんだと勘違いしてしまい堂々と人目を気にせずに貼って行きました。

「オイ!何してるんだ?」 ある日、警察官に声をかけられました。そして、厳重に注意され、やっと私はその行為がやってはいけないことだと知ったのでした。

ちなみにそのチラシに載っている部屋は入社したばかりの知識が無い私でも、その条件の良さに驚くほどでした。

「このチラシの部屋ってむちゃくちゃ家賃が安いですね?」 そんな疑問を先輩に聞くと、「そんなの嘘にきまってるだろ」と返され、お客様に来て頂くための嘘のチラシだと知りました。

なるほど~でも実際に存在しない部屋なんだよな

会社のチラシが嘘っぱちだと知った私ですが、まだその時はその事実を軽くとらえていました。

と言うのも、嘘だとしても、「申し訳ございません。あいにくそのお部屋は決まってしまいました」「代わりにこのようなお部屋が・・・・」と営業するものとばかり思っていたのです。

賃貸不動産の営業は待ちの営業であるから、まぁ来てもらわなければ勝負は始まらないんだし、来てもらえれば、別の部屋をご紹介したら済む話。つまり、「ごめんなさい」からスタートすればいいんだなと思っていました。

しかし、実際は違いました。

社長独自の善意の嘘という理論

チラシを見てお客様は来店されます。「このチラシの部屋ってまだ空いていますか?」私たちは、「大丈夫です。空いていますよ」と答えることを義務付けられました。

最初にそれを教えられたとき、「マジか?」と思いました。この世に存在しない部屋です。見せられるわけがないのにどうして?と思いました。

社長の話によるとお客様はチラシを見て、「こんなに良い条件の部屋があればいいよな」と夢を描いて来店してくるのです。

そこで営業マンが「申し訳ございません。その部屋は決まりました」と断るとそのお客様をがっかりさせてしまうのです。

なので、「空いていますよ」というのは、いきなり、その夢を壊してお客様をがっかりさせないための善意の嘘ということでした。

とはいっても結局は夢を壊していくのですが、いきなり壊すなと言うことです。

ちなみに、実際にはない部屋というのは正確には間違いで、その間取りと駅からの距離の場所の部屋は本当は存在するのです。

しかし、社長の所有する物件であるから、好き勝手にあり得ない条件を載せているだけです。実際にない部屋と言うよりは「絶対に貸さない部屋」と言った方が正確でしょう。

お客様の見たい気持ちの火に油を注げ。

さらに社長からはお客様を気持ちよくさせるように褒めろと言われました。どういうことかと言うと、嘘のチラシを見られたお客様に、「さすがお目が高いですね」「この部屋はとってもお勧めなんですよ」と期待をもたせることです。

これは、たまらなく嫌でした。ただでさえ「その部屋はまだ空いておりますよ」と言った段階でお客様はその部屋を見たがっているのです。

その気持ちの火にさらに油を注げということです。この時は心臓がばくばく、もう逃げ出したい気持ちになりました。

お客様のアキレス腱を探れ

その次に私たちがすることは、「簡単なアンケートのご記入をお願いします」 と言ってアンケートをとることでした。

そのアンケート内容で表向きの目的は、お客様が部屋探しに重視している点を詳しく探るようなものでした。

しかし、その真の目的はお客様の嫌がる条件を探ることでした。 そのアンケートを見ながらお客様に簡単な質問を投げかけます。

そこで、このお客様はこういった部屋なら嫌がるであろうという条件を探るのです。この辺も自然な会話の流れで聞き出すので、非常に難しかったです。

その後、どう話をもっていくかを決めるのですが、そのマニュアルはありませんでした。「この仕事にマニュアルなんてないから先輩の話を盗め」と先輩に言われました。

そこで私は必死で先輩の話の持って行き方をちょっと離れた所から聞きました。その中でも、印象に残っている話です。

嘘のチラシで来店された若い女性客

初めての一人暮らしをする予定である若い女性客でした。 親元を離れる不安な気持ちから出来るだけ明るい感じの部屋で、周囲の環境も良く、それでいて家賃もできるだけ安い方がいいということでした。

嘘のチラシを見て夢を描いて来てくれた女性の夢をさらに膨らます先輩のいつも通りの営業が始まりました。

「それなら大丈夫ですよ。この部屋は日当たりもいいですし、周囲の環境も悪くないですよ」と言う先輩の言葉に、「わー!嬉しいです」と女性客は言いました。

お化けが出るんです。

先輩 「でも、言いにくいことなんですが・・・」

先輩 「実は、部屋は一つだけ問題がありまして・・・あのう。お化けって信じますか?」

女性客 「え?どういうことですか?」

先輩 「と言うのも私が見たわけではないので本当のところどうなのか分からないのですが出るそうなんですよ」

女性客 「それって幽霊ですか?」

先輩 「以前にその部屋で自殺がありましてね。あっ!でも、部屋は完全に綺麗になっているから大丈夫なんですけど、その後に入居した人二人とも同じものを見たと言ってるんです」

女性客 「えーー怖いですそれって・・・」

先輩 「でもですね。それが自殺と関係ないかもしれないんですよ。というのも自殺をしたのは男性なのですが、幽霊は女性で片目がないのが特徴なんですよ」

女性客 「そんな部屋チラシに載せていいんですか?」

先輩 「というのも大家さんに泣きつかれましてね。一回目に見たと言う人の時にお祓いをしてもらったのに全然効果がありませんで、しかも先月は横の部屋の人も、「隣りから変な音が聞こえる」と言うことで出て行かれたんです

女性客 「それってヤバくないですか?」

先輩 「だから、大家さんとしても部屋を空きにしておきたくないと言う気持ちから相場よりもかなり家賃を下げて入居者の募集をしているんです」

女性客 「本当の話ですか?」

先輩 「本当かどうかは住んでみないとこればかりは分からないのですが、もし、気にしないし幽霊なんて絶対に居る訳ないと言う人にはこれ以上家賃が安い物件はないということでお勧めなんですよ」

女性客 「そんなのを勧められても嫌です」

先輩 「そうですか。せっかくこれ以上は安い物件はないので残念です」

わざと残念な表情をする先輩。

先輩 「実を言いますと、相場よりも安すぎる物件は全て問題のあるものです」

ここで、初めて女性客が求める地域の家賃の相場について話を始めだす先輩。

最初から「世の中そううまい話はないんですよ」の話をしてもお客様は聞く耳を持っていません。

この営業スタイルを彼らは「打ち消し営業」と呼んでいました。お客様の夢を打ち消すという意味です。

一連の流れの中、現実の家賃相場を理解できた女性客。この話の流れをいかに自然に持って行くかが勝負です。

これが決まると、ほぼこの営業は8割がた成功したと言えます。先輩の見事なホラーのほら話に女性客の気持ちは変わりました。

「あーーそうか世の中そんなに美味い話はないんだ」

「安い家賃の裏には何かがあるんだな」

と思わせたのです。

そして、「他にちゃんとしたご希望に添える部屋をご紹介します」と先輩から別の部屋を紹介され、その結果、女性客は感謝の気持ちで契約をして帰られました。

嘘みたいな話を本当のように話する

この打ち消し営業にはマニュアルはありませんでした。今回ご紹介した「お化けが出ます」と言った話の持って行き方はあくまでも私がそばで聞いていた中で一番印象に残っているものです。

様々なパターンがある打ち消し営業の中でもトップクラスに難しいものだと思います。なぜなら、この話の持って行き方はお客様に違和感を与えたらおしまいだからです。

なので、相手を見て先輩も使っているのです。実際に使うネタはその営業マンによって様々です。

その会社には10人ほど社員がいましたが、それぞれの持ちネタのようなものがありました。

バリエーション豊富な嘘話

ある程度共通するネタをあげるとこんな感じです。

  • 学生マンションで門限があります。
  • 横にややこしい人が住んでいます。
  • 治安が悪い場所です。
  • 日当たりが悪く、昼間でも真っ暗です。
  • 雨漏りがします。

他にも一杯ありますが、常識で考えるとおかしなものばかりです。こうして文章にするとどれもこれもツッコミどころ満載のネタですが、彼らはプロです。本当にうまく説明します。

ちなみに、私にはそれがどうしても上手くできずに社長にボロカスに言われて辞めることになりました。

それでも一つだけ救いがあります。

それは最終的には、きちんとした良いお部屋を紹介していたことです。途中の営業の過程にはツッコミどころ満載ですが、肝心の決め物件というおすすめの物件はまともです。

逆に良い物件でなければ契約には至らないので、最終的にはお客様にとってベストな選択で終わります。

「空いていません」はまだ良心的。

不動産屋の客寄せだけのおとり物件は有名な話なので多くの人が知っている話でしょう。

しかし、私が今回言いたいことはそんな当たり前のことではありません、巧妙な手口の存在です。

「空いていません」と逃げの営業をする会社は手口としては甘いのです。逆に勧めるのです。

営業に勧められると逃げたくなるという客心理を逆に利用するのです。巧妙に心理的に誘導され、お客様は誘導されたことにすら気付きません。

自らの意思で、営業マンが勧めてくるチラシの物件(おとり物件)を断ったと思わせるのです。

手口の甘さは客を逃がす。

そういう意味で「空いていません」の逃げの営業をする不動産屋は、私が勤めていた会社よりはまだ手口の度合いが甘いのです。

その手口の甘さはお客様を逃がすのです。「空いていません」では「じゃあ別のチラシの不動産屋に行ってみよう」と考えられるわけです。

絶対の自信のある物件を見せても、数多くのオトリ物件のチラシで夢を見ているお客様の気持ちを変えることは出来ません。

まずはその夢をぶっ潰さなければいけません。「世の中そううまい話はないんだよ」と。

それには自然な流れで話をしないといけません。巧妙な話の持って行き方でなければ疑われておしまいです。

オトリ物件をチラシに載せているどの不動産屋も、何かと理由をつけて絶対にその部屋を貸すことはないのですが、その手口次第で悪質の度合いが変わってきます。

手口の甘さの順番

  1.  「その部屋はもう決まりました」と言う業者
  2.  「空いてますけど、問題がありまして」とお勧めできない理由を先にいう業者
  3.  「さすがお目が高いです」と夢を膨らましてからその夢を崩していく業者

 

1→2→3となるに連れて手口としては巧妙になっていきます。最終的にお客様が納得出来るいい部屋が見つかれば、実害はないとしても、そのやり方に心が痛む経験をしました。

騙されてたまるかの気持ちを逆に利用する。

私にとって黒歴史になる職歴です。しかし、騙されないためには騙しのテクニックを知識として持っておいて損はないと思います。

褒めて、気持ちよくされ、そこから地獄に落とし、さらに勧めることで自ら断るように持って行かれ、主導権を握られる。

勧められると逃げたくなる。騙されてたまるかという気持ちを逆に利用して主導権を握る。

完全に主導権を握られていることにすら気付かずに自分で決めたことと思い込んでしまうお客様。

これからから部屋を借りると言う方に少しでも参考になれればと言う気持ちで以前に勤めていた会社の手口を紹介しました。