ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

自分の気持ちに素直になって行動する前に心配してくれる人の気持ちも考える

父が亡くなったという知らせが来た。子供の頃から25年以上会っていなかった。会いたいと思い続けていたが、今さら会ってどうするんだと言う気持ちもあり、会うのをためらっていた。しかし、それが大きな後悔を生んだ。
そして、遺産相続問題が発生した。父には妻と子供が3人いた。その長男が遺産を遺族で分配するために手続きをしようとした時に私の存在が発覚したのだ。
父は私を子供だと認知をしていたのだが、通常の戸籍ではその存在が分からなくなっていた。亡くなった後,すべての戸籍を見て初めて知った長男は弁護士に相談して、私の相続手続きを進める手配をした。
産まれてから一度も会ったことのない弟である私ではあるものの、認知をされている子供である以上は、私抜きでは相続の手続きを進めることが出来ないからだ。遺産分割の協議は相続人全員で行わなければならないからだ。
 そして母と一緒に向こうの弁護士と会うことになった。弁護士は、父の遺産が不動産はこれだけあって、株がこれだけあって、預金がこれだけあってと説明してくれた。
その上で、妻がこれだけ、長男がこれだけ、私がこれだけと説明してくれた。私以外の相続人は全てそれで納得したようで、最後は私が納得すれば、その金額で決まるという状態だった。
ここで、疑問が生まれた。父は3つの会社の会長をしていた。それにしては残された遺産は少ないと思った。弁護士の先生は、「不服の申し立てをすることは可能です」と言ってくれた。
私は母の判断に委ねた。母は母子家庭で私を苦労しながら育てたからだ。お金で一番苦労をしたのは母だと思ったからだ。
すると母は、「これで、良しとしましょう」と言った。後で母は、「不服申し立てをしたら、間違いなく金額は増えると思う。でも、それがどれだけ遺恨を残し、後に自分のところに返ってくるかどうかと考えると、それはしない方がいいと思う」と言っていた。
弁護士の先生とさよならして、私は、もう一つの抑えきれない感情が湧いてきた。「私に兄弟がいる。どんな人?会いたい」と。
しかし、父に会うのをためらっていた時以上に恐怖があった。父には少ない記憶があったものの、兄弟には、まったく会ったことがないので、どんな人なのか、まったく分からなかった。
しかし、「やって後悔するよりも、やらずに後悔した方が大きい」と良く聞く言葉がある。そして父親に会えなかった後悔が、私の背中を押した。
お兄さんがどんな人かなんて分からない。でも、血を分けた兄弟であることには違いない。会って後悔したって、それはそれで、自分の人生にケリを付ける意味で納得出来る。そう思い、弁護士に連絡した。数日後、弁護士から電話があった。
「お兄さんは、あなたに会うとおっしゃっています。しかし、あなたのお母様には会いたくないと言っています。血が繋がっているあなたにだけは会ってもいいそうです」
私は飛び上がるほど喜んだ。
しかし、次の日、母が血相を変えて私に連絡をしてきた。「あんた、何を考えているの?」私は、いきなり母が自分の決めたことに、口出ししてきたことに対して驚き、返事ができなかった。
母は「あんたは、突然お兄さんとお姉さんが出来て、嬉しいと言う気持ちで舞い上がっていると思うけど、向こうの家の人はそんなこと思ってないことも理解出来ないの?はっきり言わないと分からないの?あなたは向こうの家の人にとって、いらない子なの。遺産相続の時にいきなり発覚した子なの。あなたが考えているほど、遺産相続の場での兄弟の感情は一筋縄ではいかないの。あなたは嬉しいと言う気持ちで会いに行くかもしれないけど、そんな気持ちで行ったら間違いなく傷ついて帰ってくるのは目に見えている。例えば、相続の際にあなたが、『放棄します』と言って一銭の金も受け取らないのなら、もしかしたら会う価値があるかもしれない。でも、そうじゃないでしょ」
母の言葉には、私を心配してくれている感じが伝わってきた。母は、大人になってからの私のあらゆる人生の決断に一切口を出してこなかった。勝手に会社を辞めても何も咎めなかった。そんな母が、私の決断に口を出してきた。私は、そう言うのならと、しぶしぶ納得がいかない気持ちのまま、兄弟と会うことを止めた。
なぜしぶしぶかというと、母は私よりも長い人生経験があり、自身の父親の相続で、もめた経験がある中で、私にアドバイスをしているのだが、母親とはいっても一人の人間であり、神様でも何でもないのだ。その考えが100%正しいとは言えない。もしかしたら、お兄さんと意気投合して、いいお付き合いになる可能性だって少しはあるのだ。答えの見えないことは、やってみないと結果なんて分からない。だから「やって後悔するよりもやらずに後悔する方が大きい」の言葉通り、大きな後悔が生まれた。
しかし、あれから年を重ね、自分の子供が成長するたびに、親が子を思う気持ちが理解出来るようになった。あれほど大きかった後悔が、母の気持ちを受け入れて良かったと思うようになってきたのだ。