ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

仕事を辞める前の周囲への挨拶回りは何かを求めているように思われる

3年前に別の部署に異動になった後輩社員が、1年ぶりに姿を見せた。私に「辞めます」と言う挨拶をしに来たのだ。仕事の大変さに耐えられなくなったそうだ。彼は私に「3年前、せっかく仕事を教えていただいたのに申し訳ございません」と謝ってきた。私は「そんなことは、気にしなくていいよ」と返した。
その後、私は普段一緒に仕事をしていないにも関わらず、彼が挨拶をしに来たことが気になった。なぜなら、昔の私の行動と重なって見えたからだ。
かつて厳しい師匠の元で修業をした後、居酒屋を経営したことがある。しかし、お客さんがほとんど来なくて、半年ほどで店を閉めることにした。私を育ててくれた師匠には他に4人の弟子がいてた。4人とも私の先輩にあたり、独立して居酒屋を経営していた。
私は、店を閉めるということを師匠に報告した後、先輩達の店に挨拶をしにいった。そのことを知った師匠は「お前、あいつらの所に行って何を求めてるんだ?」と聞いてきた。思いもしなかった質問に「お世話になった兄弟子にあいさつをしなかったら失礼になりますから」と答えた。すると師匠は「お前のその行動は何かを求めてるように思われるんだ」と言った。黙り込む私に師匠は「まぁ・・・いいや」と言って、その話は終わった。
私は何も求めていないつもりだった。ただ何も言わずに消えるのは失礼だと思っただけで、何でそんなことを言われなければいけないのかと憤りを感じた。
この昔の出来事が今回の辞めていく後輩社員の行動と重なって見えた。彼の行動にも何かを求めているように感じたからだ。
後で知ったのだが、彼が私に挨拶をしに来た理由は、彼の先輩が「3年前に仕事でお世話になった熊さんに挨拶をすべきだ」と言ったからだ。私は彼のことを気の毒に思った。仕事を辞める時に、直接の上司や先輩に挨拶をするのは礼儀だとは思う。しかし、離れて働く先輩達にまで挨拶を求めることはないと思うからだ。挨拶をするかしないかは本人が決めることだからだ。それに、普段会ってない先輩に辞める挨拶をしにいくと言うことは気が重たいと思うからだ。さらに、普段ほとんど会わない後輩社員が退職の挨拶だけをしにくることに対して違和感を感じるからだ。かつて私が師匠に言われたように、何かを私に求めているように感じたからだ。
私は「その何か」の具体例をあげてみた。
1 「何で辞めるの?」と聞いてほしい。
2 「いいなー私も辞めたいなー」と羨ましがってもらいたい。
3 「えっ辞めるの?もったいない」と言ってもらいたい。
4 「こんな仕事辞めて正解だよ」と言ってもらいたい。
5 「いい人だったよな」と後で思われたい。
6 「次何するの?」と聞いてもらいたい。
7 「○○だから駄目なんだ」と叱ってもらいたい。
8 「寂しい」と言ってもらいたい。
9 「辞めないで」と引きとめてもらいたい。
10 「新しい世界でがんばれ」とエールを送ってもらいたい。
11 「それは大変だったな」と会社に対する不満を聞いてもらいたい。
12 「それは気の毒だね」と自分の扱いがいかに不当だったかを聞いてもらいたい。
13 「辞めた後も顔を見せてね」と言われたい。
こうして具体例をあげて見ると、あることに気付いた。私が居酒屋を閉める時の挨拶回りは、何かを求めると言った気持ちでなく、社会人として礼儀を尽くすという意味だった。しかし、それは表面上の心理だった。心の奥底では何らかの言葉や行動を相手に求めていた。心の奥底だから気づいていなかった。かつてそれを見抜いた師匠の洞察力に、私は舌を巻いた。