本気で教えてくれる人なんていなかった。
自分たちが長い年月かけて身に付けた技術・ノウハウをそうやすやすと教えるわけがない。
一人前になれればそれで飯が食えるのならなおさらだ。
わざわざ自分の商売敵をつくるようなお人良しはいない。
この厳しい現実は20代のころ職人の世界に5年いてて嫌と言うほど味わった。
見て盗めとはよく聞くが、じっと見てたら怒られる。
「見て盗め」なんてものは寝言に近いとまで私は思っている。
親がベテランの職人だったら話は別。
師匠が高齢でもうすぐ引退だったら話は別。
こういう時は周囲がうらやむほど仕事を教えてもらえる。
私は仲の良くなった先輩に愚痴をこぼしたことがある。
「やらしてもらえないと、いつまでたっても僕は出来ないままです」と。
先輩は、「違う。出来る奴は最初からできるんだよ」と返した。
私の考えを完全否定だ。
私は先輩の言葉が納得できなかった。
なぜなら、最初から上手い奴なんていないと思うから。
誰でも最初から完璧に出来る人はいない。
しかし、先輩は、「いや、違う。そうじゃない」と言った。
先輩は「この仕事は努力ではなくセンスなんだ」と断言した。
「なんじゃ、それは?」と腹が立った。
さらに先輩は、もう一人のベテラン職人に「なあ、そうだろ?職人は努力でなく、センスだよな?」と聞いた。
すると、もう一人の先輩も「本当の事だと思う。いろいろな若い奴見てきたけど、上手い奴は出てきた瞬間から上手いんだよな」と答えた。
経験に基づく事実。
ある程度の年数が経てば、たまに難しい仕事のチャンスを貰える
しかし、そこで出来ないと、こいつは駄目だと振り分けられる。
つまり、教えたことをすぐに出来るセンスのある人しか相手にしてもらえない。
ここは学校ではない。
落ちこぼれを何とかしようなんて気持ちは1ミリもない。
学校は、落ちこぼれでも、なんとか育てようと先生は努力してくれる。
先輩から言われた、「出来る奴は最初から出来る」という言葉を思い出すと、その言葉には深い意味が込められているように思う。
最初から出来るという最初って何なんだろう?
それは出会った瞬間。教えた瞬間を指しているのだろう。
職人の世界なので、単刀直入にものを言う人が多かったので、回りくどく深い意味まで言わなかったのだ。
最初というのは生まれてきた瞬間の事ではない。
生まれてきてから今までの間に身につけてきたことが問われる瞬間の事だ。
その技術を覚えると独立が出来る
その技術で飯が食える
そういう仕事は簡単には教えてはもらえない。
本気で教えてもらいたければ、その専門の学校に行き、高い授業料を払うのも一つの手だろう。
それなら、卒業と同時に最初から出来る奴だ。
長年やれば報われる
そんな世界ではない。
こいつは見込みがないと振り分けられれば
20年でも30年でも大事な仕事は任されないのだ。