ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

「こっちの事情も考えてほしい」と口に出すのはプロとして失格だが同情の余地はある

後輩君が店長から、「お前が余計な一言を言ったせいで、あのお客様は二度とこの店に来てくれなくなったかも知れなかったんだぞ」と怒られた。
きっかけは、昼過ぎにお客様から、「焼きそばの麺が急に200玉いることになって、夕方に買いに行くから置いといてくれ」と電話があったのだが、後輩君は、「急に言われても困ります。他のお客様が買う分がなくなりますから」と答えたのだ。
この「困ります」が余計な一言だった。お客様は「はぁ?他のお客様が困ると言うよりも困っているのはこっちですよ」と言った。しかし、後輩君の返事は同じで、「困ります」の一点張りだった。お客様が何度お願いしてもそのような返事しかしなかった。
後輩君は、焼きそばの麺の発注担当者だ。発注担当者には、担当している商品を切らしてはならないという責任感が生じる。担当者によっては、売りたい気持ちよりも品切れが恥だという気持ちが上回り、一人のお客様にごっそり買って帰られるのを嫌がる。
これは、お客様には知られてはいけない発注担当者が持つ不都合な気持ちだ。お客様に店員の事情は関係ない。 商品を品切れさせたくないと言う気持ちは店側の目線であり、お客様目線での対応ではない。本当に他のお客様が買う分が無くなることを心配するのであれば、同じ会社の他店に商品を分けてもらうことだ。それをしなかったのは、取りに行くのが面倒だからしなかったのだ。
結局、お客様は諦めて違う店で焼きそばの麺を購入した。しかし、後になり怒りがこみ上げてきたお客様は本社に電話を入れた。そして「あんなに酷い対応をされたのは初めてです。商品があるのに取り置きしてくれないなんておかしくないですか?あの店にはもう二度と行きません。あの店は客を選んでいるんですか?」と言った。
 そこで、本社の上司と店長がお客様へ謝罪に伺い、なんとか許してもらうことが出来た。
このことで、こっぴどく叱られた後輩君は、私と二人きりの時に、「どうして上司は私の気持ちを分かってくれないんですか?」と愚痴をこぼした。
しかし、分かってないのは後輩君の方だ。本社の上司も店長も、かつて発注業務をしたことがあり、発注担当者ならではの辛い気持ちを知っている。それでも、プロとしてその気持ちを表に出せないから後輩君を叱ったのだ。
 本来、店員はお客様に商品を買って頂くことに感謝の気持ちを持って接するべきだ。逆の立場で考えたら分かることだ。自分が客として商品を大量に買おうとしたら、店員に、「困ります」と言われたらどう思うのか?想像すれば分かることだ。
なので、私は、「怒られて当然だよ。上司が分かってないのではなく、分かってないのは君だよ」と言った。しかし、同情の気持ちも大きかった。
なぜなら、彼の気持ちが自分事のように理解出来るからだ。私自身が多くの発注業務を抱え込んでいる。お客様には言えないことだが、 自分が発注している商品が一人のお客様にごっそり買って帰られて空っぽになった時、勘弁してほしいと思う。
本来、商品が売れて喜ぶはずが、品切れは恥だと言う気持ちから腹が立ってしまう。
今まで多くの発注担当者を見てきたが、どの担当者にも大なり小なりその気持ちがあったように思う。逆にそれがあるから工夫と成長につながる。予想外の売れ方を想定するのは難しいが、そこはプロとして受け入れることが必要だ。
 お客様に対して腹を立てるのではなく、自分に腹を立てるのがプロとしてのあるべき姿だ。しかし、心からそう思えない自分もいる。
お客様に店側の事情で「困ります」といったことは十分に反省すべき事だが、その辛い気持ちには一粒の同情をかけたくなった。
なので、「私も同じだよ。『こっちの事情も考えてほしい』と思うことは山ほどあるよ。でも、口が裂けてもそんなことは言えない。グッと我慢しているんだよ。だからめげずに頑張ろう」と励ました。その瞬間、彼の表情が緩んだのを私は見逃さなかった。