ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

私たちは彼の気持ちに理解を示し、応援することにした。

一人のアルバイトが辞めると言ってきた。いきなりのことで驚いた。長年一緒に働いて、とても頼りにしていたのだ。もちろん彼がずっとアルバイトのままでいるとは思っていなかったが、まだまだ一緒に働けると思っていた。

彼に理由を聞いてみた。すると、彼がうちでアルバイトを始めたきっかけは、正社員の仕事を見つけるためのつなぎだったのだ。しかし、思ったよりも人間関係が良く、居心地も良かったため気付いたら何年もいてることになったそうだ。さらに、慣れた仕事に愛着がわいてきてずっとこの仕事を続けたいという気持ちにもなったそうだ。

しかし、当初の目的は次の仕事が見つかるまでのつなぎであり、居心地が良いからと甘えた気持ちでは、なかなか行動に移せないと思ったそうだ。

私たちは、「そうは言っても、うちで働きながらでも就職活動は出来るんじゃないの?」と聞いたのだが彼としては自由に動ける立場になって本腰を入れて職を探したいそうだ。次の就職先から、「明日からきてくれ」と言われても応じることの出来る自分でいたいそうだ。

それに、居心地のいい職場に居続けていると本気で職を見つけようという気持ちに彼はなれないそうだ。

私たちは彼の気持ちに理解を示し、応援することにした。彼が抜ける穴は大きいのだが、彼の将来のことを考えると気持ち良く送り出してあげたくなったのだ。

長年一緒に働いてきた大事な仲間である彼に、みんなで送別会をしてあげようと言うことになった。

職場のみんなで居酒屋に行き、彼との思い出話に花が咲いた。みんなが彼に、「○○君が居なくなると寂しくなるよ」「○○君をすごく頼りにしてたんだよ」と言う姿を見て改めて彼がみんなから愛されていることを知った。

 そして彼は、「皆さんには大変お世話になりました。とても居心地が良くて気付いたら何年もいてることになりました。でも、このままでは居心地の良さに甘えて本気で就職活動が出来なくなると思い、これでは駄目だということで辞めることにしました。ここで学んだことはしっかりと次の仕事でも生かしたいと思います。皆さん有難うございました」と最後の挨拶をした。

しっかりとした挨拶にみんなが拍手をした。「頑張れ、きっと就職出来る」とみんなか彼に応援の言葉を投げた。

その後、彼が居なくなり寂しさを感じたが、みんなで彼の抜けた穴を埋めるべく頑張った。しかし1カ月ほど経った時に彼から店長に電話があった。

「彼はうちに戻りたいそうだよ」と店長から聞きて驚いた。送別会をしてからまだ1カ月しか経っていないのにその様なことを言うのは早すぎるだろうと思った。

店長は「みんなの気持ちもあるから後で電話をすると言って返事を保留にしたようだ。他のみんなの意見も私と同じだった。「あれだけみんなで『がんばれ』と声援を送ったのにこんなにすぐに諦めて戻って来てもいいの?」という考えだった。

みんなの意見が一致し、店長は彼に電話をした。「お前は『戻りたい』と言ったけれど本当にそれでいいのか?」店長の言葉に彼は、「いろいろ考えた結果なのでそれでいいです」と言った。

しかし、その言葉を店長は怪しんだ。「色々考えた結果とは思えない。この前送別会をしたばかりだろ?本当に就職活動をしたのか?いくつ面接を受けたんだ?」

どうやら彼は2つの会社の面接を受けて採用されなかったただけで、「自分は駄目だ」と決め付けたようだ。

そこで店長は言った。「お前が戻ってくれたら随分助かる。しかし、お前を送り出したみんなの気持ちを考えろ。拍手で送り出したのはお前に期待をしたからだ。どうでもいいような奴にはこんなことは言わない。あれだけみんなから認められたお前が就職出来ないなんて考えられない。本気で3カ月職探しをしてみろ。それでも見つからなかったら再度俺に相談してこい」

 この店長の言葉に押されたのか、ほどなくして彼はある会社に正社員として就職出来た。彼が店に挨拶をかねて就職の報告をしに来た時、みんなは、もう一度拍手をした。「おめでとう。頑張れよ」と。

送別会には親の愛が詰まっている。出ていく人には期待を込めて送り出している。もちろん本当に駄目だったなら受け入れてあげたい気持ちもある、それは大事な仲間だからだ。

 あの時みんなが反対をしたのは、戻ってきてほしくないからではないのだ。本心は戻ってきてくれたら助かる存在なのだ。しかし、本当に彼のことを私たちは考えていたから彼にも良く考えてもらいたかったのだ。

店長が「本当にそれでいいのか?」と言ったのは、簡単に「自分は駄目だ」と諦めてほしくはなかったからだ。