ありがとう熊さん

食品スーパーのおやじが、生き方について辛いことも楽しいことも含めて、心を込めて書かせてもらいました。

仕事に誇りをもてない人に、「いい仕事ですね」は嫌みに聞こえることがある

学生時代。新聞の配達所に住み込みで2年間働いた。仕事内容は、配達、集金、そして勧誘だった。
その中でも苦手だったのが勧誘の仕事だった。簡単ではなかった。話すら聞いてもらえないことが多かった。
2年間働いた中で、契約が取れたのは数えるほどだったと思う。そんな中で印象に残っているのは、年配の女性のお客様。「若いのに大変ね。学生さん?」そこで私は、新聞社から奨学金をもらい住み込みで働き、学校に通っていることを言うと「偉いね。応援してあげる」と言って契約してもらえた。人の温かさを感じた。
また、新聞の勧誘を専門にやっているプロの拡張員を案内することも私の大事な仕事だった。毎日配達をしている私は、ここは新聞をとっている、ここはまだとっていない、ここは以前に他社の新聞に乗り換えられたということを知っている。それを教えて案内する仕事だった。
私が、怖くて仕方がない訪問をなんの躊躇もなくどんどんやっていく拡張員を見て、さすがプロだと思った。
ある日、仲良くなった拡張員のおじさんがいつもと違う白い車に乗ってきた。新車で買ったそうだ。いい車だと思った。ここは褒めて機嫌を良くしてもらおうと思った。
「いい車ですね。凄いですね。拡張員って儲かるんですね。拡張員っていい仕事ですね」と言った。褒めたつもりだった。
しかしおじさんはこの言葉に激怒した。「お前、馬鹿にしてるのか?俺がどれだけ頑張ってこの車を買ったのか分かっているのか?」急に怒られて訳が分からなかった。
「え?いい仕事だと思っただけなのに、なんで怒られなきゃいけないのですか?」そう言うと「お前はまだ学生で社会人でないから、これぐらいで許してやってるけど、お前が社会人だったら、俺は手が出ているだろうな。お前のその言葉は人の仕事を馬鹿にしてるんだよ」と言った。
私は誤解を解こうと必死になった。「馬鹿になんてしてません。近くで仕事を見ているから大変さを知ってるし、いい仕事だと思ってるんですよ」
おじさんは、あきれたような表情で「そのうち分かる」と切り捨てた。
後で考えると私の「いい仕事ですね」と言う言葉は、おじさんには不適切だった。
いい仕事かどうかの感じ方は人それぞれだ。新聞拡張員には、その仕事に誇りを持ってやっている人もいれば、そうでない人もいることを知った。
誇りをもってやっている人は「この仕事は簡単そうに見えるけれど、営業の基本が全てつまっている」と自慢げに語っていた。
しかし、中には「俺達は社会から嫌われてるから」「こんな仕事しか俺はできないから」と自分の仕事に誇りをもてない言葉を口にする人もいた。
私は新聞拡張員が誇りを持てない仕事だとは思わない。しっかり説明して気持ちで契約を取ってくることに誇りを持ってやっている人を多く見てきたからだ。
仕事に誇りを持てるかどうかは職種ではなく本人次第だ。他人が、いい仕事だと思っていても本人はそう思っていないこともある。
素直な気持ちを言っただけの学生に、大人であるおじさんが怒るのは大人げない行為だと思う。
しかし、感情をぶつけられたことで、「いい仕事ですね」の言葉が人によっては傷つける言葉になることも知った。